2013年8月2日金曜日

タクティクスについて考える その1

 今回からタクティクスについて書いてみたい。理由としては単純で、タクティクスが伸び悩んでいるため、どのようにすればタクティクスの能力が向上するかについての考えの整理をする良い機会となると思ったからだ。

 現在のchess.comのTactics Trainerのレーティングは1850程度。最近も気が向いたらやっているが、調子が良いときはレーティングが1950あたりまでは行けどもそれ以上はいかない。結果的に1800-1950程度でふらふらしている。 また、このまま漫然とやり続けてもこれ以上上がる気配がない。 そこで、そもそもタクティクスの実力を構成する能力は何であるのかという点について明らかにした上で、どうすれば向上するのかという点について考えてみたい。

 思うに、タクティクスの難しさは二種類ある。 第一が、そもそもタクティクスの存在に気付くことの難しさ。第二が、読みの難しさ。 タクティクスの存在に気づかなければいくら深い読みを正確にできても意味が無い。 また、仮にタクティクスの存在に気づきかけたとしてもある程度の読みを正確にすることができなければタクティクスを実行することはできない。

 このようにタクティクスについて考えるとき、大雑把に2つの要素に分けて考えることができる。 両者は明確に分断できるものではないが(詳しくは次回で扱う)、便宜上分けて考える。 そこで、まずは第一の点について述べていきたい。

1.タクティクスに気付くためには

(1)Logical Analysis
 個人的な実感として、読みの要素よりもこの第一の要素の方がより重要と考える。タクティクスの問題を間違えたとき、実戦でタクティクスを成功させることができなかったとき、たいていが読み切れなかったというよりも存在に気づかなかったから間違える。

 なぜ気づかないのかという原因を省みると、多くの場合「この要素に気づいていればタクティクスを発見できたのに」という、要素の見落としにある。 そうすると、ポジションの要素を見落とすことがなければ、タクティクスにより気づきやすくなるのではないか、と考えることができる。 そこで以下では、どのようにすればポジションの要素の見落としを防ぐことができるのかという観点から考えてみたい。

 以前の記事でValeri BeimのHow to Calculate Chess Tacticsの感想を述べたが、その中でBeimはLogical Analysis(論理的分析)という方法を採っていると紹介した。要するに、具体的な読みに入る前に盤上の状態を分析するという方法だ。ただ、前述の記事において述べたように、How to Calculate Chess Tacticsの中には、具体的な分析手法については述べていない。 この点については、Tune Your Chess Antenna及びUnderstanding Chess Tacticsを参考にした上で、具体的に「論理的分析」というときに何を見るべきなのかという点について述べてみたい。

(2)具体的手順
 だいぶ以前の記事で述べたように、Tune Your Chess Tactics Antennaの中で、①キングのポジション②浮き駒の把握③駒の直線関係④ナイトフォークの可能性の検討⑤トラップの可能性のある駒の確認⑥駒の守りの確認⑦キング周りの守り駒が少ないこと、という7つの要素を挙げている。

 もちろん、実際にこのように検討しても良いのだとは思うが、①②⑦についてはいずれもウィークポイントを起点としてタクティクスの検討という意味で1つにまとめても良いように思われる。

 そこで、①ウィークポイントの確認②ナイト・フォークの可能性の検討③直線関係の把握④駒の守りの関係性の把握⑤不自然な駒の配置の確認(トラップの可能性のある駒)、とする。

 では、具体的にどのように手順で検討していけば良いか。 この点については、Understanding Chess TacticsのStatus Examination(駒の状態検査)の項が参考になった。 Status Examinationとは、それぞれの駒がまずどのような状態にあるのかを確認する手法のことだ。 

 具体的には、その駒は守られているか/別の駒を守っていないか/ピンされていないか/他の駒と直線上に並んでいないか、等々を検討する。 一概にこれを検討すべきという要素はない。ただ、その際、先述のTune Your Chess Antennaの要素が参考になると思われる。

(3)まとめ
 以上を要約すると、まず盤面を見た上でいきなり本格的な読みに入らないことが重要。

 次に、上では述べてはいないが、ポジションの概観をざっと見ることも重要である。簡単なタクティクスではポジションを精査しなくとも、直感的な把握でタクティクスに気付くことは非常に多いからだ。また、最初の概観によって目星をつけることができる。この段階でも本格的な読みは行わず、要素の検討のための簡単なラインのチェックに留める(この点については次回以降の記事で扱いたい)

 そして、ざっと見ただけで気づかなかった場合に、ポジションを丁寧に検討する。 具体的には、盤上の駒の状態をそれぞれ確認していく。 そして、駒の状態を確認する過程で、上記で挙げた①~⑤の要素を重点的に検討する。

 このように述べると長すぎて実戦的ではないように思われるが、実際に使ってみたらそれほどではない。そして推測だが、こういう作業というのは慣れたら瞬時にできるのではないかと思う。

(4)実例
 長々と書いたが、以上述べたことが具体的にどのように現れるのかを例で示してみたい。

まずは簡単な例から

Black to move

 まず、ざっくりとポジションを見た印象として、ルークがgファイルにあり、その直線上に白ナイトがあることに気付く。 また、黒駒はキングサイドに密集しており、キング周り、特にg3のナイトが怪しいと検討をつけることができる。
 g3のナイトの状態を確認すると、f2ポーンにしか守られていないことに気付く。逆に言えば、f2ポーンが失くなればg3ナイトは浮き駒になる。そこで、1...Nxf2が最初に思い浮かぶ。

 1...Nxf2 2.Rxf2なら、2...Rxg3でポーン1つ得になる。 2.Kxf2ならどうか。 まずは、最も強制的な手順である、2...Bc5+を考える。 ナイトを守ろうと思えば、3.Kf3が考えられるが、そうすると、3...Bg4#でメイトとなってしまう。その他の手では、いずれにせよナイトは守れない。 3.Be3としても、3...Bxe3 4.Kxe3 Rxg3でナイトが落ちる。
 以上から、Nxf2でポーン1つ得ができるという結論に達する。

 次にもう少し難しい例。

White to move

 初見の印象で思うことは、まずキングがオープンであること(ウィークポイント)に気付く。Qg4+からチェック可能。 次に、e5ポーンの特殊な配置に気付く。 1.Qg4+ Kh8 2.exf6でメイトスレットが生まれる

 もう少し詳しく見ると・・・ まず、b7のマスが実質的に浮いていることに気付く。すなわち、b7にいるビショップはg2のビショップによって利きを受けているからだ。したがって、1.Bxb7 Rxb7とした場合、b7のルークはa8-h1のダイアゴナルからの攻撃に対して無防備となる(b7がウィークポイントであることの確認)。 
 次に、先ほどのメイトスレットをもう少し詳しく見る。 1.Qg4 Kh8 2.exf6とした場合、黒がメイトを防ぐためには2...Rg8とするか、2...Bxf6とするしかない。 まず、2...Rg8とした場合、e7にいるビショップはポーンによって攻撃されたままになる。 次に、2...Bxf6とした場合、f6にいるビショップは浮いている。このラインの検討からf6もまたウィークポイントであると考えることができる(こういったバリエーションの流用については次回で扱う)。

 以上から、b7、f6、g8(キング)がウィークポイントであることがわかる。  複数のウィークポイントがある場合、考慮すべきは、ダブルアタックだ。そして、現状ダブルアタックが可能な駒としてはクイーンしか考えられない。 g8とf6、g8とb7はクイーンによるダブルアタックには適する場所にない。 ただ、f6とb7に関してはf3からのダブルアタックが考えられる。 しかし、c4にいるクイーンはf3に直接たどり着くことができない。ここでQg4+によって一テンポ稼いだ上で、クイーンをf3に置くという案が考えられる。

 以上から次のようなバリエーションが考えられるだろう。

-1.Qg4+のライン
1.Qg4+ Kh8 2.exf6? Rg8 3.Qh4。 このラインだと目的は達成できない。
1.Qg4+ Kh8 2.Bxb7 Rxb7 3.exf6 Bxf6 4.Qf3 ダブルアタック成功。(2...exf6でももちろん駒得)

-Bxb7のライン。
.1Bxb7 Rxb7 2.Qg4+ Kh8 3.exf6 Bxf6 4.Qf3 ダブルアタック成功。
1.Bxb7 Rxb7 2.Qg4+ Kh8 3.exf6 Rg8 4.Qf3  b7にいるルークに対するクイーンによる攻撃、e7ビショップに対するf6ポーンによる攻撃によるダブルアタック成立。



 と、言葉にすると長すぎてこんなこと考えられる訳ないだろという声が聞こえてきそうであるが、こういった作業は頭の中では言語化されずにもっと短く行われる。 そして優秀なプレイヤーはポジションをさっと見ただけで、こういったポジションの「要素」を瞬時に把握できるのではないかと思う(もちろんパターンのストックが大前提にあるとは思うが)。

 次回は読みについて扱いたい。

2 件のコメント:

  1. Tactics の本でどのように考えるか述べられている本は少ないですね。パターン認識が大事なことは誰でも分かっているので、思考過程にもっと焦点をあててほしいです。私の場合は余計なことを考えすぎる傾向があるようです。

    2問目の問題はできませんでした。まず Qg4+ から exf6 とするとメイトスレットになることに気づきませんでした。Bxb7 と exf6 から Rb7 と Bf6 にダブルアタックすることは考えましたが、クイーンがどの位置にいけば Rb7 と Bf6 にダブルアタックできるかを考えませんでした。それを考えていれば Qg4+ から Qf3 に気づけたと思います。

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  2.  おそらく強いプレイヤーの多くが小さいころからチェスをやっているため、タクティクスは成人のころには既に「できていた」状態であり、成人が考えそうな思考過程といったテーマについてはあまり考えないのかなと思います。それゆえに、タクティクスの思考過程について扱った本は少ないのだと思います。 ただ、Understanding Chess Tacticsで思考過程のテーマについてはかなり丁寧に扱われているように思います。

     2問目で特に顕著ですが、ポジションの要素というのはただ盤面を観察するだけでなく、具体的なバリエーションから把握できることも多いですね。この例だとメイトスレットのバリエーションから、f6がポイントであることがわかりますが、ポジションを静的に見ていると気づきにくいですね。

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